横浜地方裁判所 昭和24年(ワ)355号 判決
原告 小野清
被告 三間秀雄 外六名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「(一)原告に対し、被告島村源太郎は別紙目録記載の家屋を收去し、その他の各被告は同家屋より退去し、それぞれ別紙目録記載の土地を明渡せ。(二)被告等は連帶して、原告に対し、昭和二十二年十一月一日より同二十三年十月十日迄一ケ月金七円四十三銭同二十三年十月十一日より同二十四年五月三十一日迄一ケ月金二十七円十一銭、同二十四年六月一日より同二十五年七月三十一日迄一ケ月金五十二円三銭、同二十五年八月一日より右土地明渡済みに至るまで一ケ月金二十五円四十銭の割合の金員を支払え。(三)訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り述べた。
「原告は、別紙目録<省略>記載の土地(以下本件宅地と称する)を含む宅地八十三坪を、昭和二十二年十月二十一日清水一より買受け、即日所有権移転登記を経由したが、被告等は原告に対抗できる正当の権原がないのに、被告島村は本件宅地上に別紙目録記載の家屋を所有し、その他の各被告は、右家屋に居住してそれぞれ本件宅地を占有して、原告の所有権を侵害している。而して原告は之がため本件土地の使用を妨げられ、その相当賃料と同額の損害を蒙つているが本件土地は、物価庁告示の第四十八級であり、且つ一坪当りの賃貸価格が一ケ年金一円八十銭であるから相当賃料は、一ケ月につき昭和二十二年十一月一日より同二十三年十月十日迄は金七円四十三銭、同二十三年十月十一日より同二十四年五月三十一日迄は金二十七円四十一銭、同二十四年六月一日より同二十五年七月三十一日迄は金五十二円三銭、同二十五年八月一日以降は金百二十五円四十銭である。よつて、被告島村に対し右建物を收去し、その他の各被告に対し、右建物より退去しそれぞれ本件宅地の明渡を求め、且つ被告全員に対し連帶して右相当賃料と同率の損害金の支払いを求める。」
被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め請求原因に対する答弁として、「原告が本件宅地を昭和二十二年十月二十一日清水一より買受け、その旨の登記を経由したこと。被告島村が原告主張の家屋を所有し、その他の各被告が右家屋に居住していること。右宅地の相当賃料が原告主張の通りであることはいずれも認める。」と述べ、抗弁として、次の通り主張した。
「(一)、被告島村は、本件宅地を昭和五年頃前所有者清水一より建物所有の目的で賃料一ケ月金七円四十三銭の約で賃借し、引続いてその地上に、右建物を所有しているものであるが、原告が清水一より本件土地を買受けた際、原告、被告島村及び清水の三者間に、原告が被告島村と清水との右賃貸借契約を承継することの合意が成立した。
(二)、仮に原告に於て、前記賃貸借契約を承継した事実がないとしても、本件土地は原告の居住家屋の敷地の地続きであつて被告島村が前地主より賃借していることを原告は熟知して居り、たまたま被告島村が本件家屋の保存登記をしていなかつた虚につけこみ本件土地の利用目的もなしに明渡を求めるものであつて、もしこれが許されるとすれば、被告島村以外の各被告は戦災後右家屋を被告島村より賃借し住宅兼店舗として使用し、生活しているのであるから生活の根源を絶つ結果を引起し、又、被告島村としても、今後永年にわたり使用に耐える右家屋を收去すべきことは忍ぶことのできない損失であるばかりでなく、国家経済の上より言うも到底認容することができない。しかも原告は、学生時代より被告島村の世話になつて居り同被告とは二十数年来の知已であるから右事情の下に本件土地の明渡を求めるのは明に信義に反し、権利の濫用であつて許されない。」
原告訴訟代理人は、被告の右抗弁に対し次の通り答弁した。
「(一)、被告島村と清水一との間に本件宅地につき被告等主張の賃貸借契約の存在したことは認めるが、原告が右賃貸借契約を承継したことは否認する。
(二)、原告が本件宅地買受当時、被告島村所有の右家屋に保存登記のなかつたことは認める。原告は本件土地を明渡後更地にして置くのではない。すなわち、原告は本件土地の地続きで建坪二十九坪の家屋を所有し歯科医院及び住宅として、使用し家族として、子供六人、大人三人が居住しているので手狭なため本件宅地の上に増築をするものである。しかも被告島村は右家屋の賃料が安く、右家屋を所有することがかえつて経済上の負担となつているので、右家屋を取毀したい意思をもつているのであるから、右家屋の收去は被告島村の意思に沿うものであつて、決して本件宅地の明渡請求は権利の濫用ではない。」
<立証省略>
三、理 由
原告が請求原因として主張する事実は、被告等の争わないところであるから、先ず被告等の抗弁(一)について判断する。
被告島村が本件土地を前所有者清水一より被告等主張のような契約内容をもつて賃借していたことは当事者間に争のないところであるが右賃貸借を合意の上原告が承継したことはこれを認めるに足る証拠がないから、被告等の右主張は採用しない。
次に、(二)被告等の権利濫用の主張について判断する。
原告は、本件宅地を、自己の経営する歯科医院の増築のため使用すると主張するけれども、その増築が緊要である事情についてはこれを認めるに足る証拠がないばかりでなく、かえつて証人清水芳子、小野智恵の各証言、原告小野清の供述を綜合すると、原告は当初自己所有の家屋の敷地のみを買い受けたい希望をもつて居り、本件宅地はもともと買うことを欲しなかつたのに、買主清水より本件宅地も一緒でないと困るとの申入れがあつて、原告としては余り気が進まないまゝ、買入れたことを認めることができるから、原告は本件宅地買受の当時さして本件宅地を必要としなかつた事情を推認できるのみならず、原告の主張によるも原告は本件宅地の隣地に二十九坪の家屋を有し、該家屋で歯科医を営んでいるものであり、業務の性質上、さ程広い家屋を必要とするとも考えられない。これに反して被告三間一家が戦災に遭い、前記家屋を被告島村より賃借し、住宅兼店舗として生活を営んでいることは原告の争わないところである。又原告は被告島村が他の被告等の居住する右家屋を收去することは同人の経済上の負担を軽減するので被告島村の希望するところであると主張するけれども、同被告が極力本訴に於て争つていることより見るも到底首肯できない。
これを要するのに、原告の本件宅地利用の必要性は頗る微弱であるに反し、被告等の右家屋收去によつて受ける精神的、経済的苦痛は甚大であるばかりでなく、現下極度に払底せる住宅事情よりして、国家経済上の損失と言わなければならない。
しかも原告と被告島村とは二十数年来親交があり、原告が本件宅地を買受けた当時、被告島村が本件土地の前所有者より本件宅地を賃借せることを熟知していたことも原告の明かに争わないところである。
惟うに、原告の本訴請求は原告島村所有の家屋に保存登記がないので、同被告と本件宅地の前所有者との間の賃貸借を原告に対抗できないことを根拠にしているものであるが、凡そ権利の行使は公共の福祉に従い誠実に行わなければならないのに、以上認定の事情の下に於ける原告の本訴請求は自己のわずかの利益を追求するに急にして被告等の法律上の知識の欠缺に乗じてその苦痛を顧みず不当に所有権を行使するものであつて信義に背馳し、正当の権利行使の範囲を逸脱した行為と認むべきで、現時の社会通念に照し到底認容することを得ないところである。
叙上の通り原告が被告等に対し、本件土地の明渡を求めるは権利の濫用として排斥せられるものなる以上被告等の本件土地の占有は何等違法性がないものと言うべく、従つて原告が被告等に対し土地の使用に対し不当利得による利得の返還を求めるのは格別、本件宅地の不法占有を理由として、損害金の支払を求めることも失当と言わなければならない。
以上の理由により原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の原告に負担させ、主文の通り判決する。
(裁判官 山本信政 地京武人 樋渡源蔵)